PROFILE

インストラクター初澤竜多のご紹介

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初澤 竜多

(RYUTA HATSUZAWA)

1991年10月28日茨城県生まれ。

幼少の頃よりブルース・リーなどのアクション映画に影響され、「強さ」に憧れる。佐山聡氏が創始した掣圏道新陰流など、様々な格闘技や武術を研究し、現在はディフェンスラボジャパン代表として、日本に最先端の格闘術を広めている。

RYUTA HATSUZAWA MESSAGE

はじめまして、ディフェンスラボジャパン代表の初澤と申します。

私は様々な格闘技を学び、研究してきましたがディフェンスラボは現在最先端の格闘技と自負しています。それは一定のルールのもとに競技として成立している格闘技とは違い、「超実戦型武術」であり、生き残るための「接近戦格闘術」だからです。

超実戦型ということは、つまりストリートファイトで勝つ術です。現在テレビでは多くの凶悪犯罪のニュースを目にします。興味本位での無差別殺人など憤りを感じますが、もし自分の身にそのようなことが降り掛かって来れば、自分を守れるのは自分だけです。ましてや愛する女性やお子様がその場にいたとしたら、今のあなたは愛する人を守りきれるでしょうか?

このような現実の中で自分を、愛する人を、守るためには「強さ」を身につけるしかありません。ぜひディフェンスラボの技術を学んで「愛する人を守る力」を付けて頂きたいと思います。

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さて、そんなディフェンスラボですが、その技術をお伝えする私の自己紹介をさせて頂きたいと思います。格闘技は使い方を一歩間違えば、ただの暴力の技術です。私のこれまでの人生、現在の考え方、を知って頂きあなたにとって格闘技術をお伝えするに相応しい人間かを判断して頂きたく思います。

幼少期、保育園に通っていた頃の私は、今のように体を鍛えたり、自己主張をしたりする人間とは全く真逆の子供でした。とても貧弱かつ内気で、まさにモヤシっ子というやつです。

ひとつ情けないエピソードをすると、運動会のかけっこで「位置についてよーい!ドン」のあとに走らずに、ずっと立っていたこともありました。そのくらい内気だったのです。

そんなある日、私はアメリカの大ヒットアクション映画「ターミネーター2」に出会いました。アーノルドシュワルツェネッガー演じるターミネーターT-800の強さと格好良さに子供ながらに大きな衝撃を受けました。その後、ターミネーターシリーズを全て借り、何十回と鑑賞したことを覚えています。

ここでも面白いエピソードですが、小学校の通学用のヘルメットにマジックで「アーノルドシュワルツェネッガー」と書いてしまうほどでした。また近くのプラモデル屋さんで購入した電動エアガンを持ち、黒フレームのサングラスをかけ自転車にまたがり、近所にある図書館やフィリピンパブを銃撃したこともあります。(子供の頃のお話ですのでお許し下さい…)

ともあれこの頃から必然的に肉体美への憧れも強くなり、体を鍛える原点でした。

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そしてその後、更なる影響を与える人物が現れました。その人物は、今は無きブルースリーです。当時テレビでたまたま放送されていた「燃えよドラゴン」を見てその美しい強さに圧倒されました。

その後、すぐに近所のレンタルビデオ店に行きブルースリーの出演作である「死亡遊戯」や「死亡の塔」などを借り幾度となく鑑賞しました。このときに強さをへの憧れが決定的になったのだと思います。

あまりにもアクション映画を好む母親が更にジャッキーチェンも教えてくれました。ジャッキーチェンは周囲にある物や道具を使って戦うので、早速真似をしたくなり、年上の先輩にちょっかいを出し、自分の持つ通学用ヘルメットをジャッキーチェンのように使いこなし喧嘩をしたこともあります。

そして近所の家の屋根を登ったり、飛び越えたりしているうちに大怪我をした事もあります。その節はいろんな方に多大なご迷惑をおかけしました…。

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中学校に入り、ほんの少し社会性を身に着けた私は、また保育園の頃のような内気で大人しい人間になりましたが、その裏ではバットマンに熱中する時代が来ます。実は後にこのバットマンのアクションシーンで採用されていた技術がディフェンスラボであり、それをきっかけにディフェンスラボジャパンを立ち上げることになったのです。

そんな未来を知る由もない私は、少しでも映画の世界に近付こうと特殊メイクのアーティストになろうと東京の専門学校に通い始めました。しかし強さへの憧れも根強かったため、専門学校に通いながら、初代タイガーマスクである佐山聡氏が創始した掣圏道新陰流という武術を習い始めました。

佐山先生には、様々なことを教えて頂きました。その中で、技術もさることながら、もっとも革命的であったのは筋力トレーニングです。当時の僕は貧弱で、ガリガリでしたが、佐山先生の道場で体鍛え、パワーも上がり、体もみるみる強靭な肉体になり、すごい快感を覚えたものです。

しかしこの喜びは専門学校生活に影響をきたすことになりました。簡単に言うと特殊メイクよりも、武術や格闘技そして筋力トレーニングで得られる喜びや理想が上回りってしまい、特殊メイクへの意欲が収縮してしまいました。

社会の厳しさや、理想と現実の違いを知らない私は特殊メイクアーティストという華やかな部分だけを見ており、裏方的な地味な職人作業に、嫌気が差してしまったのです。

両親はなけなしのお金を借金をしてまで、私を専門学校に通わせてくれましたが、私は中退し両親の想いを踏みにじることをしてしまいました。

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その後、これからどのように生きていくかを考え続けました。そんなときやっぱり私には「強さへの憧れ」が原点であると知ったのです。それから最強の武術を求めてあらゆる武術や格闘技を調べる日々が始まりました。

そして様々な研究をしていく中で、ある映画が脳内をよぎりました。それは中学生の頃に大好きだったバットマンです。

当時DVDの舞台裏映像で見たバットマンが使うある団体の格闘術があったな、という様に思い出しDVDのメイキング映像を改めて見直しました。その映画の名前は「バットマンビギンズ」です。

バットマンが使う極秘の格闘術として紹介されていたのが、現在僕が代表を務めるディフェンスラボだったのです。すぐに本部のイギリスにコンタクトをとり、その技術を学び、日本に広めたいことを伝えました。

それからディフェンスラボの技術を必死に学び、日本で初めてディフェンスラボの公認インストラクターとなったのです。現在ではインストラクター歴3年目に入り、インストラクターレベルもアジア最高レベルを保持しています。

これからも「強さ」を追求し、多くの方に格闘技の楽しさを伝え、DVやイジメなど暴力から自分を守れる人を増やしていきたいと思います。ちょっと変わった性格ですが初澤竜多とディフェンスラボジャパンをどうぞよろしくお願いいたします。